やめたいだよ 

昨日の夕方

ラクシーと、私だけ。


えーっと、なんかする?

何していい?
何するんだっけ?

そんな時間。


夜はカミナリ。

荒れて始まる6月。


やめたいだよ。
やめたい。

夏休みの企画を立てながら。


私はやめたい。


誰も私の事は
気に留めてない…。

My favorite  

今日は仕事が
早く終わったのだ。

Laxie の予防接種第二弾にも、行けて

のんびり夕食準備。





大好きな夕暮れどき。

太陽の位置が
夏を知らせてくれます。

ビール飲み飲み。
私が私になる時間。
幸せだな。




あたしも。


そんなあなたたちを見られる私が
一番の幸せものです。
ありがとね。



晩ご飯食べながら
すなふきんが手に取る、詩集。

Myyが、高校生のときのお気に入り。
食卓に出しておいた、もの。

じっと見るすなふきん。

何を読んでいるのか
何を感じているのかは
見て取れないけど

何か
知ってくれたらいいな。

私の好きな世界。


私の子どもたちは
私の好きなことを
してくれる。


すなふきんは朝寝坊。
みむら姉さんはお菓子作り。
ちびのみぃは編み物。

(あっ、すなふきんは
こっそり
メルヘンなバンドが好き。
歌詞が物語のよう、曲はばがすかいってても。)
気づかないふり中の母。


わたしの周りは
美しい。
松井るりこさんの本のように。
子どもではなく
私が美しさの中に入られたら

私にできることなんてほんとにあるのかな、



不自然さの中に信じられること 

先週
世羅で買ったラズベリーの苗。

一週間ほったらかしてしまった。
衝動買いだったので
土の準備ができなくて。


「厳しい環境で育ててください」と
言われたので
彼女に甘えていました。
耐えられるよね?

だいぶ
しんなり
枯れ気味。

植物を枯らすのが得意な
Myy。
そして
再生も得意?
というかそのものの持つ力を信じている私。



土の調合から。
赤玉土、腐葉土、古い土に加えて
バットグアノを初めて使います。

洞窟でとられたコウモリの糞。
コウモリ大好き💕




だいぶぐったりのラズベリー。
復活できるのか?



今年の結実は諦めて
葉っぱの美しさを楽しみたい。

………………………


何か
周りで
「不自然さ」を感じるとき。

それが私の中にあるのか?
それに巻き込まれているのか?を
考えるこの数週間。

巻き込まれるなら
それで🆗
つながりの強さなのだと思う。
もし私がその不自然さに関われて
何か流すことができたら
嬉しい。

私の中にあるなら
「私は何か忘れていますか?」
そう問いたい。

忘れていること。
逆にやりすぎていること。
余計なこと。
ついうっかり。

などなど。


でも
護身なのかもしれないけど

さっき
起きた
「むーみん書斎に籠る」事件も

なんでかな?

私がきつい言いようなのかな。
みむら姉さんの学校を
バカにしたような
むーみんの発言を
彼自身に呈したかった、だけなのだけど。

多分、飲んでよいきぶんで言っちゃんたんだなぁと思いつつも…。
見逃すべきだったかな?


私の不都合からやってくると
感じられない。
まぁ感じられないのが問題なのかもしれません。
こうやって
文章に起こすことで
さらりと流さず
止まって考えることができる。

そんな私で。
三日月を待つのです。

そして
この
ざわざわ感を
恐れとともに
祈り信じます。

あなたがわたしと歩んでくださいますように。

子どもたちに癒される 

五月病なのかしら?


だるだるしてたいの。

仕事は順調。
まぁ、毎度多少の困難はあります。

気持ちは伝わるのだけど
「ことばが通じない」。

「噛んでください」は伝わらない。
何かお口に入れてもぐもぐしてもらうことくらい。

逆に
言葉は通じなくて無言のまま
診療できる方もある。

もっと上手な先生なら
ささっとなさるのでしょう。

なにはともあれスタッフさんの
気配りのおかげ。
ありがたいことです。


そんな帰宅後

晩ご飯の準備には
かなりのジャンプ力がいる。
とりあえず
ビール飲もう。

私は
お弁当にしろ晩ご飯にしろ
食べる人の好み優先。が
料理のルール。
もちろん季節の食材は入れるのだけど
食べてもらわないと意味ないし
体が食べたかっているものに耳を澄ますように気をつけている。


食卓。
むーみんなしの4人。
すなふきんは試験中で
ご機嫌悪く席に着く。
みむら姉さんは
代休だったので明日への不満を連れくる。
ちびのみぃは明日の校外学習のバスの席順が不安でぶつくさ言ってる。

でも
4人そろって
ぐちぐち言ってると
なんだか楽しいことになる。
結局、大笑い。

お互い
「相手に興味を示し話を聞く」という事が出来てるように見えた。

すごいね。

教えたわけでもないのに。

私への思いやりからなのかな?

私は
子どもたちに癒されてる。
私が子どもたちに関わるとき
やはり笑顔が見たくて何かしている。
私が癒させるために。
私が笑顔になるために
子どもたちが笑顔を作る。


毎日毎日
それぞれの学校でがんばっているのに
家庭でも親の顔色うかがい
遠慮しているのかな、うちの子たちは?


6年前に指摘された。
「この子たちはお母さんに遠慮しているのよ。」

そんなのでしょう。
私が遠慮させる雰囲気を作っているのでしょう。

なんだか
どうして良いのかわからない。

とりあえず

「みなさん、ありがとう。こんな私でごめんなさい。」

ほんと生まれて来なければよかった…。
だらだら生きてきたけど
生まれまれてしまったからね、責任を
二酸化炭素出すことについての責任を持たなくては。


できることを
粛々と。
泣いてもいいよね、今夜も誰も見てない。

わたしが赦される事はない 

Sin
高校生の頃からのテーマである。


私の存在自体が
罪なのである。

酸素を吸って
二酸化炭素出して
食べて
出して
消費して
生産して
電気使って。

そんなように現代で
生きている私。
そんな私でやっていくことを
認めなくては。
この世にやってきたからには。


もっとも身近な他人にも
私のことはわかりたくもないと思わせる
それほどの
悪を持っているみたい。
これ以上、あんたとは話をしたくないって。


私は
誰かをいらつかせ
誰かを傷つけ
誰かに受け入れたくないほどの憎悪を沸き起こさせる存在らしい。


でも
私は、これで
この私で
やっていくしかないのです。
そんな私に何ができるか問いながら。

何度か人をやめかけたけど
今もこうして生きている。
そこに私の何かを信じたい。
この、私でできる何か。

物質的にはとても恵まれている私。
生活に困っていない。
仕事をする上でも
優しい人に囲まれている。
今日もたくさんの素敵に出逢った。


でも
身近な人には
近いからなのか
よしって言える何かが
すかすかしている。
期待しているから?
求めているから?
やっぱり私自身が
×なのだ。
×の私でやっていくのだ。

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