今年の秋分 

今日は秋分。

お彼岸。

すなふきんが
生まれたのも
秋分の日。

今年は日にちが違う。

地球の公転のずれが
毎年1、2日のずれを生む。

2000年前
牡羊座にあった春分点が
今は魚座にずれているのは有名な話。

私、ホントは魚座かなぁ?




植え替えをしてみたり

あっ、この子も。



生姜



以前作ったラクシーを設置。



「はい、あたし?」




季節の変わり目がしんどいのは
私の自我が育ってないから。



昨日のお仕事。
一緒にお仕事してくださる方は
明るくて
50代でもきゃはきゃは
お年寄りと笑える
素敵な方。
そこが大きく
いつも
助けていただいてます。
毎度実感してる。

けど昨日は

もう

うっとうしくて。

私のパンツが縞々なの
透けて見えるのを指摘されたからかな?

ちょっとエッチなご老人もおいでなので
気にしてくださったのですけどね。

「もう、別に、いいのに。
それで患者さんが嬉しかったら
それでもいいのに、言わんでよ。」


が私の本音。



「あらら、この白衣、透けないって書いてあったのにね~。」が精一杯。


「そんな事よりガチャガチャ音させず
ものも落とさず落ち着いて
仕事してほしい。」

そう思っても言わない卑怯な私。




私も調子良くしゃべる人だと思う。



何を言ったら
私のことを信じてくれるかなぁとか

何を言ったら
気持ちよくなってくれるかなぁとか

どういったら
丸くおさまるかなぁとか。

たいがい
私の都合で、私は
感じよくしゃべる。


その事を知っている。


楽しい間に早く会話を終わらせよっ。

コレリックだなぁ。






うっとうしい人、第2弾の今日。

うどん屋さんにて。

To goのお店なので外で注文。
私はパッキングを待ってた。ところに
車がごーん。

駐車枠じゃないとこに。

うちの車は頑張れば出せるけど
後の2台は確実に出ないところ。



いらした60代のご婦人。


お上品そうな方。

おはぎ10個をお箱に入れて、との注文。

「あっ、きなこも」

店員さんの

「どちらにしますか、
あんこ入りとあんなし?」

がわからないらしく

「え~っと、おはぎ」


はあっ?ってイラっとした私。



おいおい良く見ろや、
おはぎ3種類あるじゃろうがぁ。
よう見て頼めや!


わぁ、本来の私は
こんなんです。

このお客さんは
どう見ても母世代だし

何かと難しくなるのは

わかってるのに


多分
車の停め方で
プッッチィィン。


私が車を出すときに

この方は

何やら私に窓越しで
おっしゃってたのですが


「無視❗️」


嫌だ、この人❗️



こんなことを
些細なことを
許せなくなってる時

私の本性というか
本当の私が現れる。


「お調子こくな。適当にするなや。

周りを良く見ろ。

いらん事言うな。

偉そうにするな。

お金持ちぶるな。

上品ぶるな。」


いつも
自分に言ってることだぁ。


特に「~ぶるな。」

は言ってる。


私がえらそうに
見える
してる
事で


不快な気持ちになった人がいるのです、

身近に。



それをよく指摘されるから。



私はそんなつもりないのに……。


「素」って何にも考えずに
やってしまう事。

それは
本来の私なのでしょう。

それをごまかしたり
とり繕ったりしながら
今世を生きていくのです。

それになんの罪がある?

とも、考えてしまいがち。


そこは
学ぶところ。


もう嫌だなぁ。



でもシュタイナーも
きっと自分の嫌なとこが
たくさんあったに違いない。

でなければ…?

遠くて意外と近いルドルフ。


としたら
修行。

踏みとどまる?


そうかぁ、
わたしは
自然の中に在るのですもの。


私は季節の変化に
右往左往する事以外に
楽しむこともできるはず。



そう
わたしは自然の一部だから。





欲望と願望で要求  




わたしのこと
気にしてるねぇ。

近くにいるよねぇ。


でも
ぎゅってしようとすると
嫌がるねぇ?



そそっとクレートに入って
「ちょっと見ないでくれる?」



私たちの関係はそんな感じ。



今週末は

久しぶりに
「神智学クラブ」なので

久しぶりに
神智学
ルドルフ・シュタイナー

を読んでみた。


魂の素材について。

霊の法則に従っているのか
物質界の法則に従っているのか?


昨日の
感情と事実を混同しないってことかな?



「運命について」

前世でどのような行為がなされてきたか?次の人生でも巡り会わずにはいないであろう。この人たちとの間で為された行為は結果を持たざるを得ない。
 (神智学 ルドルフ・シュタイナー 訳高橋巌 ちくま学芸文庫 P100あたり)



家族でいることは
巡り会わずにはいられない関係なのだ。
前世での関わりは今世で何かしらの
結果を持つ…。



最近買った
本には

「だれかが他のだれかに何かをしたら、その二人の間でその清算がなされなくてはならない。中略。死後、人に与えた苦しみを自分が体験する。」
(ベーシック・シュタイナー 
人智学エッセンス 編・訳 西川隆範
イザラ書房)




この二文から

想うのは夫のことだ。


1番近くの他人。



なぜ結婚して
なぜ子どもを持つことになったのか?

愛してたから(あれ、過去形じゃん)。

運命だから。



前世での何かが
この関係を不透明にしているのなら

まだ
できることがある。


と同時に
わたしのうちの欠けてる
どこか別の場所に
別の何か…
という想い。


両方があってこその??

やっぱり何か……。






この

伸びるエネルギーの
不思議に
身を任せたくなる。

けど
わたしを動かすのは私。

自然の中に本質はあるのだけど
それをyesって言えるのは
わたしだけなので。




夏のまとめ 

かわいい子
発見!



生姜が
かわいいことになってる。

根っこは
どこから出ているのか?

しばらく観察。






そして視線をあげると




そこから見てましたか?





ライアー自習用に
「Moon river」を選んでみました。



前曲の
「500miles」は歌うことを考えず

編曲(と言えるほどではありませんが)してしまった。


私が買ったテキストには
「ライアーは歌と共にあるとよりよい」
みたいな事が書いてあったので

歌と23弦という幅とを考えて

キーをどこに合わせるか?
弾きやすさと
おかず(これからとつとつと入れます)の
入れやすさも考えて。

といっても
やっと楽譜が読めるくらいなので
覚え書き程度。





I'm crossing you in a style some day. 

Wherever you're goin I'm going to your way. 

We're after the same rainbow's end, waiting round the bend. 



わたしの「コペンハーゲン」を
思い出させてくれる歌。

まだどこかに歩いて行けそう?かな?

コペンハーゲンは
わたしのエネルギー源に
なりうる。

だとしたら…



現実的に


「いちばん近くの他人」を

ありのまま受け止める事、
それでいいよって。
ありがとう、私を見つけてくれて。

そう言える私があった上での
「コペンハーゲン」のような気がする。




比べてはじめて気づく私。



過去を積み重ねて
今、在る、という事。
変えられない事と
変われること。

たぶん
ひとつひとつの
拠りをほどいていくには
優しく
丁寧に
時間をかけて。


夏のまなびを

ぬくもりの中で

復習した日でした。



ありがとう…。





お月さまのような人 

今日は

びんご百笑の会
田んぼへ。

ひえとりに行ってきました。

1人作業なので気ままに。





術前





術後


詳しくは
びんご百笑の会ブログにて。


夜のひとり散歩

(ホントは疲れちゃって
家族で飲みに行ってた、
私だけ自転車がパンクしてて
歩き。)

今日は二日くらいの月だから
っていうか台風前で
曇り空。

お月さまと話がしたい。



そう
お月さまのような人。


三日月は日中
私の事を見ているのに
私が気づくときは
夕方。
にっこり笑ってる。


満月の時
建物のせいで私からは見えない
けど
その明るさはわかる、
けれど
その明るさに
星を見るには
じゃま。
だから私は眠る。


27日の月は
私の家からは見えない
けど
たぶん笑ってる。
そしてあなたも私の事を見てないよね。


そこにいるのにね。




私の大切な人は
そんな人。


輝きと
タイミングと
そこにいる在るということ。



私のいちばん好きな石。





お月さまについて。






わたしらしさ 



乾いた。

の後


布端を処理する段になってから

しまった!って思う。

木綿を
桜の葉っぱで
ピンク色に染めた時に反省したのに
またやってる。



仕方ない。

好きな色で。





シルクって扱いづらい。


印象通り

縫いにくい
アイロンもかけにくい。


絹も貴重なのだと思いますが

絹製品を扱う方たちってすごい。


和裁のお仕事の方って

きっと
こつこつ派なのでしょうね。


そこも日本らしい気がします。


私は多分、木綿派。





仕上がりはこんな様子。


写真にすると
部屋の明かりの色のせいで
見た目より濃いのですけど

オレンジ色と心配した紫色は

でてます。


わたしの青色は暴走するから…

(好きなんだけど
私の青は
面倒くさいので
関わりたくないのです、見たくない)。


緑色はいい感じでひかえめに。

むしろ黄色が頑張った感じ。


わたしらしい染め上がりになりました。






いろいろ色々遊べそうです。




「扱いにくい」シルクを縫いながら

「自分の押し付けた愛」について

考えざるを得ない、

色と向かうのはしんどい、けど。



今日は1日お休みだし。



夫に対して
「あなたを支えます」

を押し付けてきたのだなぁ。


むーみんがいい人なので
素直に受け取ってくれてただけなの。


私がする事

良かれと思ってする事の

大半が

「押し付け」なのだとしたら

相手の方に失礼です。

困るよね~。

手作り弁当

手作り差し入れ、などなど。



わたしはしたいのに。



もう
何をしたらいいのかわからない。


その根底に
「わたしにありがとうって言って!」が
ある限り。
ダメなのよね…。


ここ30年くらい。
私は
「誰かにありがとうって
言ってもらうために
してるんじゃない」って
あらがった態度を示してきた。



思い出すに

中学受験で

父方の祖父に

「合格してくれてありがとう」

熱烈な握手。

大学合格の時も

「ありがとうっ」って言われたのが

引っかかってるのを

わたしはわかってる。


「国立で地元でお金がかからない事に対して言ったのか?おじいちゃんは!」
と涙にくれ

さすがの父も
「合格おめでとうって言ってくれや」
って電話してくれた。
けど明治生まれの人にはわからない。
大変だったのよね、彼なりに。




その辺りがきっかけで

私は
「ありがとう」を言われるのが
苦手なので
相手にも言わせない、
その態度は
わたしがしたい事
たぶんよい行為に対しても
気まずい雰囲気を残す事になる。



この夏をひとり反省会。


「つきあいますよ~」

やっぱりやり過ぎ

押しつけの「愛情表現」。

大切な、子供たちと保護者の方々にも?


実は立秋の 
8月7日以降は
だいぶ
ごまかしてやってた感はあった、
元気いっぱいを。


だから腰いたたぁも
そうなるよ的な。


そして長引く腰痛。



でも

わが子どもたちを

凝視せず
口出さず
「お手伝いはするけど
ママは忙しいかなぁ」の雰囲気で



過ごした今年の夏。



わが子たちとは
良い距離で入られたかな。と願いたい。

わが子たちは
無条件に
わたしを表現させてくれる。

だから
わたしのところに来てくれてんだよね。




秋からのわたしは?

ライアーで芸術活動。
大人のシュタイナー教室では
バイオグラフィーが始まる予定。
世羅ではまた色彩論かな?

自分を私を観察する。


わたしは歩み続けられるだろうか、
わたしの小道を?



たぶん明日のお仕事が
教えてくれる。
そうやって来世へ。


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