三拍子のノロイ 


今日は

みむら姉さんとちびのみぃの通う
小学校の
音楽発表会でした。

初めての行事。

夫むーみんと
体育館で
6学年全部
聴かせてもらいました!

むーみんの具合が
おかしくなったのは
「いつも何度でも」の演奏の後。

「三拍子が船酔いしたみたいになる。」

はぁ~?

「おれ、三拍子が無理。おかしくなる。」

今年の誰かの誕生日で
ギターで
Happy birthday歌って!
ってなった時に
発覚した。
むーみんのHappy birthday
が四拍子である事。
えっ、今までどうやって歌ってた?

確かに
むーみん独唱だと四拍子。
気持ち悪い。

新ためて
むーみんは三拍子が難しいことがわかった。

基本的に
日本には馴染みがない。
農作業する、漁をする。
ワルツでははかどらなさそう。
日本人には二拍子かな。
能楽なんかも
タン タン タン タ タン。

雅楽になると
拍子ですらとれないかも。

特訓開始。


一緒懸命
三角形を手で書きながら
みむら姉さんの
指導を受けるむーみんなのでした。

ムーンリバーも
だいぶ難しそうで
結局、四拍子で歌ってみるバージョンも
できてました。
みむら姉さん、すごいね。



ハロウィンナイト 

今日は
神智学クラブでした。

シュタイナー著
高橋巌訳
「神智学」
を読み進む大人のクラブ活動です。


私の感想

「本質は隠されてはいない」
隠しているのは私の問題。
出来事、相対する人、
何より私自身。
表現されている事を
そのまんま受け止めてみよう。
できるかな?
かなり難しい。
身近であればあるほど。
本質に近くなれば近くなるほど
物質的な表現から遠のく。
ぼんやりしたもの。
物質的なイメージから離れないと「いけない」。の?
でも
私は
現実に眼で近くできるもの
抱きしめられるものから感じたい、本質。

感じる感覚を魂で
宇宙からの導かれるもので
わかりたい。
受け取る時
「ぱさっ」ってストンって
小石のように受け止めたい思いでは
感じられないのかもしれない。
それもわたしの問題。
問題じゃなければ
課題、きっかけ、気付き、転換、喜びの点、哀しみの点。
言い換えられるけど。
小石だと思ってて巨石だったり
ホコリだったりするかもしれない。

ふーむ。


の階上では
家族のハロウィンパーティー。



アメリカから帰ってきて
地味に季節の行事を行ってきました。

手作りの衣装もたくさんあって。

日本でハロウィンが定着するなんて
思ってなかったなぁ、あの頃。

なにやらかにやら

なかよし兄妹&パパです。


「おとうさん」と呼べる幸せ  

昨日から

「義父」が泊まりに来ています。


夫むーみんは居なくて
むーみんぱぱ、のみって事です。


ちなみにむーみんままは
むーみんばあちゃん?の
施設にお泊まり
決め込み。

むーみんばあちゃんは94歳になり
独居に不安があるようなないような?
のため春からお年寄りの
リビングでお暮らしです。


今日は
みむら姉さんとちびのみぃの運動会。


つまり
前泊で来てくれたの?

昨日も書いたように
「やっぱり朝のうちに出ちゃった。」の
お義母さんなのでね。
親子って似るのね。

をつくづく感じた1日。
よく言えば
マイペース。

空気を読もうとして
横滑り。で、
気を遣ってるオーラ出し
「もう、仕方ないなあ。」

と、こちらが気をつかう。


自分のしたい事、
してあげたい事
(これは上から目線なのかもしれない)に
反して

させてもらえない事は
家族(子どもの事以外)では
たくさんある。

大げさじゃなく
毎度ある、いつもある。

その根底には

相手の方の
遠慮や
してあげたいや
施したいやらいろいろあって

私はいらないって
思ったところで
言ったところで

結局
受け入れざるを得ない

善意という私にとっての重い荷物。


その雰囲気を出しているのは
私なのかもしれないから
文句は言えない。

そもそも善意から始まっていると
信じている私がいる。
から
ありがとうって言ってしまう。


けど
私がしたい事はさせてもらえず。
彼らがしたい事を笑顔で受け取ることは
わたしはそこまで大きくないから
けっこう辛いのだ。

私もわたしが思うように
させて欲しいのに。

送迎ひとつ
昼食ひとつ
たいした事ではない事が

わたしの中で
澱のように積もる。


仕方ないのぉ。


そこで救いの
「お義父さん」

おとうさんって呼べる人がいて良かった。

むーみんままには
「おばあちゃんが先に死んじゃうんだから
あなたはあとね、いつも見てるし、
いいでしょ」
って言われてると思う、

「とうさんは何にもできないから、
ご飯が心配で」

「とうさんは車の運転ができないから」と

免許も持たないむーみんままに言われる。


そんなむーみんぱぱ。




と飲む酒。


「おとうさん」って呼べるのは
わたしにとってはとても幸せな事だと
しみじみ思う。

妹にはいない。
結婚相手の、お父さんもいないから。


パパでも
とうさんはでも
お父さまでも
ととでも
ダディでも

呼んで返事をしてくれる

その役割のひとがいるのはいい。



むーみんは
むーみんままに似ていると思う。


のらりくらりしながらも
結局かなりの力で自分を通す。ところが。


と同時に
わたしと
むーみんままの共通点を探す。





というくくりでいくと


私の母も同じように
親の事で一生懸命で
夫は置いてけぼりにしていた。

私もそうなるのかな?

以前は
こども優先とか言ってたかも。

女はもっとも身近な他人の男を
置いてけぼりにする。

私は
過去の女の人たちと同じような
道を歩むのでしょうね。

わかっていても
きっとそのようにしか
できない
気がする。

今世で無理なわたし。


怪我があがなってくれる事 



「今日はMyy、仕事行かず
だらだらしとったね~。
私はいつもだけど…。」




「ふぬ、すなふきん、足どしたん?」





仕事に行こうとしていた昼前
見知らぬ番号からの電話。

「もしもし、あしけがしてあながあいとってせんせいがびょういんにいくかって。」

え~っと。


すなふきんからの電話なのを
認識し
怪我したことがわかり。

顧問の先生とお話して

たいしたことないのか
病院に行った方が良いのか?
よくわからないけど…

「とりあえず迎えに行きます。」


いつも慎重なすなふきんなんだけど

何となく

今日は

「ふざけてたね」



を感じ

たいした事はないけど
病院に行くことになるな

と思い


バイト先に電話して

午後の仕事を明日と

来週に振り分けてもらうお願いをした。

私にも

「お願い」

を許してもらえる場があるのは

ホントに感謝。



この職場
いろいろあるけど
だいぶ私はワガママを言わせてもらってる。ありがたいこと。






グラウンドに着いたら

左膝に
普通の絆創膏。

❓❓❓


出血は止まってる、と思いきや
まだたらりん。

たちまち創の確認はせず

持ってたのが
ナプキンしかなくて

それで圧迫しつつ自宅方面へ。


20分して止血してる様子だったので
車の中で絆創膏を剥がして見ると
確かに止血はしている。





確かに創の幅は小さいけど

皮下脂肪がべろべろしてるし

筋層も見えてる。



こりゃ縫わんといけんね。

からの
近所の整形外科に電話。

すなふきんは
基本的に慎重ので
大怪我をした事がない。


小学3の時に
正中埋伏歯を摘出したくらい。


血を見て興奮気味のすなふきん。


「縫うとか嫌よ。」って言うけど

小さな創で痛くないけど


歯医者でも


これは縫っておいた方がいいねぇ。


多弁のすなふきんをなだめつつ

お昼休みにも関わらず

昔ながらの
ご近所の外科に行きました。


先生が
いいねぇ。



こないだ診た
もっと大変だった
中学生の話をしてくれて
「君はまだマシだよ。」
たくさんお話してくださって。


先週土曜の「神智学クラブ」にて
私は
「病院にかかる時
先生が国立出身でないといかない!」って言ったばかりなのに

「昔ながらのご近所」の先生は
私立出身。

でも


すなふきんの
怪我の電話をもらった時から
この先生にかかるんだなって

もちろん他の
「国立出身」の先生の病院も
思いついたのです。

けど…。

なんだろね。


告白すると
今日はちょっと朝からだるくって
(岡山ドライブはしんどいし、
内容もね、結構きつい、
真剣に受け止めたいから)

家事が滞っていた。

だから
すなふきんが
怪我して
仕事延期します。


明日にたまります。


みたいなことになったのかも。



私が息子の怪我を生じた。



そして私の失礼な発言を
思い起こさせる。


うむ。



怪我としては
ホントにたいしたことなくて

(本人にはおおごとなのです。
ここは私の患者さんにも
ある事なのでものすごくわかる。
本人には
ホントに大変なの!)



良かったのですけど。



今日は
FBで動かさせる

(私としてはそこに
絡んでもらわなくてもよかったのに
何故か相手の方の
好意の元の
動かしなのでありがたい事なのです。)

事もあり



朝、気づいたことがあって
ゴメンナサイ、
素直になります、
ありがとう
一緒に居たいです。

を伝えたい人がいたのに
何だか
ごちゃごちゃしちゃって

間を置こうかなあ。


時々
こんな風に
いっぺんに

(もしかしたら普通の人には
たいしたことではないのでしょうけど)

やって来る。


でも


仕事は休ませてもらったし、
何より怪我もたいしたことないし

(何度も言うけど本人には大事なのよ)




私は
若い頃
死にかけたことが何回かあってその時も
死ななかった。

アメリカで災害にあった時も
ちゃんと
用意してもらってた救済。

困った時にすぐに来てくれる
人が用意されていたり。




誰が準備していれくれたんだ?って

いつも思う。


他人から見ると
些細なことなのでしょうけど


私の人生にとっては

どれもが瞬間で、奇跡的な
巡り合わせなのです。


だとしたら

わたしには
この世界の中で
できることが



わたしらしくできることがあるのです。



なら
歩んで行こう。


少しずつでいいのかも。


私もこの世界の一員だから。


何かの役目っていうと
替わりもいるかもしれない、
確かに替わりも存在する、


けどけっしてわたしは
「駒」じゃないのよ。



この場ではないところで
「わたしが在る」
事もできる。


おちついて
おちついて。

しずかにきいてみる。




明日は親友の誕生日だ。
久々に連絡してみようかな…。




14年だ 

今日は

すなふきんの、14回目の

お誕生日。






14歳。


シュタイナーでいうと
第3周期突入です。


どんな流れに乗るのか?楽しみです。




ん~。

最大のミス。



明日が「人智学クラブ」だという事。




わたしは仕事を休めたけど
夫は
この祝日続きで
結局、普段より帰りがおそく、
ばらばらのお誕生日会になってしまった。


本来ならお誕生日の週末が
お祝いの日なのに。
無理してしまった
私の後悔。



すなふきんは上手にかわしてくれたけど、今日は楽しく終わったけど
きっと日曜日の夜にひと悶着ある予感。


私が上手くやれてないので
少しずつ
子どもたちが
カバーしてくれる感じ。


私のところに来てくれたのは
それを乗り越えられるから。
大人からしたら
小さい事だけど
私のできない事や気づかない事で
子どもなりの困難を感じているのだと
思おます。


それを今のとこ順調に
歩んでくれてます。


ありがとね、私のとこに来てくれて。


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