子どもたちに癒される 

五月病なのかしら?


だるだるしてたいの。

仕事は順調。
まぁ、毎度多少の困難はあります。

気持ちは伝わるのだけど
「ことばが通じない」。

「噛んでください」は伝わらない。
何かお口に入れてもぐもぐしてもらうことくらい。

逆に
言葉は通じなくて無言のまま
診療できる方もある。

もっと上手な先生なら
ささっとなさるのでしょう。

なにはともあれスタッフさんの
気配りのおかげ。
ありがたいことです。


そんな帰宅後

晩ご飯の準備には
かなりのジャンプ力がいる。
とりあえず
ビール飲もう。

私は
お弁当にしろ晩ご飯にしろ
食べる人の好み優先。が
料理のルール。
もちろん季節の食材は入れるのだけど
食べてもらわないと意味ないし
体が食べたかっているものに耳を澄ますように気をつけている。


食卓。
むーみんなしの4人。
すなふきんは試験中で
ご機嫌悪く席に着く。
みむら姉さんは
代休だったので明日への不満を連れくる。
ちびのみぃは明日の校外学習のバスの席順が不安でぶつくさ言ってる。

でも
4人そろって
ぐちぐち言ってると
なんだか楽しいことになる。
結局、大笑い。

お互い
「相手に興味を示し話を聞く」という事が出来てるように見えた。

すごいね。

教えたわけでもないのに。

私への思いやりからなのかな?

私は
子どもたちに癒されてる。
私が子どもたちに関わるとき
やはり笑顔が見たくて何かしている。
私が癒させるために。
私が笑顔になるために
子どもたちが笑顔を作る。


毎日毎日
それぞれの学校でがんばっているのに
家庭でも親の顔色うかがい
遠慮しているのかな、うちの子たちは?


6年前に指摘された。
「この子たちはお母さんに遠慮しているのよ。」

そんなのでしょう。
私が遠慮させる雰囲気を作っているのでしょう。

なんだか
どうして良いのかわからない。

とりあえず

「みなさん、ありがとう。こんな私でごめんなさい。」

ほんと生まれて来なければよかった…。
だらだら生きてきたけど
生まれまれてしまったからね、責任を
二酸化炭素出すことについての責任を持たなくては。


できることを
粛々と。
泣いてもいいよね、今夜も誰も見てない。

理系おばさんが理系理論が好きなわけ 

6㎝4㎝5㎝の辺を持つ図を見て
「この直方体の体積を求めなさい。」という算数の問題について。

文章だけだと
イメージできないけど
縦長に置かれた積み木のイメージ。4×6×5=120

これがバツになって困ったお子さんの話。


底面積かける高さ
が体積だと
思っている私。
微積やり始めると
時間の経過を含んでくるから
私は
どこを基準とした体積なのかは気になる。

それ以前にも
出会っている。
算数の式の意味を大切にすること。


小学校の時の担任
4年間同じ先生。
専科は算数。
細くて小柄で身は軽く
姿勢が良く綺麗な字を書かれる先生。
静かに自分に一番厳しく
叱る時も激的ではなく
厳しく、いさめる。
身のこなしが美しい先生。
歌が上手。

「かける」ことについて
算数というより
言葉としての数式を教えてくれた先生だと
思う。式のその意味。


4かけ6かけ5で120

でも
いいのかもしれないけど
私にとっては
ちょっと乱暴。に、思える。
見たまま辺をかければいいんでしょ?的な?


4かける5かける、そして6かけて120

もちろん
右から見て
とか
上から見て
となれば

その式は変わるでしょう。
それも事実で
その意味では
最初の式で丸。


でもね…ぇ。

数式は
誠実だと思えるのは
先生のおかげなのかもしれない。
早くに亡くなったので
思春期にお話しする機会がなかったのが
本当に残念。


数式は美しい。


自然の中から
人間が考えたことを
シンプルにまとめている。
もちろん
条件下であるのだが
出来事を
ルールに、おさめることをしたくなる人間の性。


学校で教えられることが
ダメなの?
学校でまるばつに、なるからダメなの?


たかだか式だから答えさえあっていればいいの?


4かけ6かけ5で120は
私にとっては
正解ではない。
見る方向が、様々あることは大切だけど
後付けの言い訳には
美しさがない。



このお話を出してくださった方は
子どもさんに共感と、愛着があり
その先生へは可愛い子どもを傷つけた敵意が式をも敵にした感があり

私には、私の大切な先生が残してくれた
式の意味を大切にしたい想いとがあり、その発言に怒りすら感じた

という
立場の違いなのでしょう。

私の
シュタイナーの先生がよく
おっしゃること。

立場が違えば。


似たようなことが
その方から
旅行に置いていかれた子どもさんについてのエピソードを聞いた時にもあったな。


正しいこと


やっていくのは
正しいのでしょう。
美しいこともね。


ただ
私は
どちらかというと
悪魔に近いのでしょう。



たくさんの失敗を 

また
やってしまったらしい。

大切な人を傷つけるという
私の未熟なあり方。

私の本音は
私にとっては
事実であるが
その対象、というか
その人がそうと言うわけではないことが
最近
わかってきた。
けど
その方にとっては
ストレート過ぎるみたいだ。
デッドボールのようだ。

私にとってうざったいことは
その人にとってはベストなことであり

逆に
私の存在がうざったい人はたくさんいらっしゃる、から
私は組織から
外された、のだろう。
さらに問題なのは
私が
人にうざったく思われることに
慣れっこなので
私物差しだと
だいぶ
「そう思われても仕方ない」メジャーの
目盛りが大きい、雑。


「僕は人間じゃないんです、ほんとうにごめんなさい。」
RADWIMPS
棒人間
の世界です。

RADWIMPS
「君の名は。」でうれちゃったから
新しいアルバム出てどうかな?って思ったけど
予想裏切らずの
「棒人間」

そして
今回のドラマテーマソング起用。

ドラマ内容がどうなのか?
RADの世界にあっているのかは
今後も注目。
今の所
何方かと言えば
好きな方面💗

ちゅうか
フランケンシュタインは
好きな映画。

不器用ながら
自分が生まれたことを真摯に考える。



話は右左。


だから
私がやらかす失敗について
ごめんなさいとともに
誰かとの関わりで
産まれることなので
その誰かさんがいてくれることを
感謝した

そんな




家飲みの



串揚げ夕食の




明日の
むーみんの晩ご飯用意の



ちびのみぃも
明日お弁当なんですっての
弁当4個分に追われて

もうすでに
連休は開け開け。
早めにモード切り替え。


何度も言うけど

私はまだ人間ではないらしい。
ごめんなさい。

年を重ねる 


連休も
今日で終わり。

どこへ行くこともなく
のんびり。


お昼ご飯に
おうどん買いに。

信号待ち。

振り返ると



被服支廠

被爆建物。

先日内部公開ツアーがあったみたい。
いつか入ってみたいな。

この通りが地区再開発になる前は
小さな古い民家に囲まれてて
草が伸び放題で
薄暗い、置き去りにされた、寂しい建物だと思っていた。

明るい日が差し
手も入り補修され
少し誇りをかもしだしている。



この建物は
子どもの頃から好きで
今のおうちはこのイメージでって思っていた…、むーみんの好みで程遠くなってしまったが。



熱で歪んだ鉄の扉。


こんなに天気の良い
気持ちの良い空の下

少しだけ71年前の
厳しい時代に想いをよせてみた。



おうどん
お家で作って食べました。

花ざかり 

うちの
土がない方の庭も
花盛り。











ゴールデンウィークは
毎年花盛り。

今日の
夕空。




気持ちのよい夕方の風。
私の好きな西の空。
西の色。

癒しを求めてはいけないの?
忘却したい日もある、のはいけないの?


私の忘却タイム。
いもりーず。



お食事中。



アカムシは
これからの季節
水が臭くなりやすいから
ササミの細切りを冷凍しました。

食いつきはよいです。
鑷子から
食べるのをためらう子もいるので観察。

この時、私を見ている私はいない。
開放感。

skin presented by myhurt : BLOG | SKIN

FC2Ad

  
copyright © 2005 いいかげんで☆いい塩梅 all rights reserved. Powered by FC2ブログ