ひとりごとですけどね 

ブログを
書くのは何故か?

私の場合
私とわたしの対話に近いのだと思う。
では
「公開」にしなくても
いいんじゃない?って疑問あり。


ただ私が自己中心的なので
公開しないと
客観的にならないというか
もし
私のことを知っている人が読んだ時に
「あらっ、Myyさんにはこんな面があったのね。」と知ってもらってもいいくらいのことを書いている。
実際
ブログには
とてもとても書けないことがある訳で
それは
「わたしの秘密ノート」に殴り書いている。
そう
ブログで書くことも
私の一面でしかない。
けど私の中を少し整理ができる。
見られるかもしれないと思うことで。


☆☆☆☆☆☆☆


愛していることと
生活することが、
なかなか融合しない、私。

大切である、は
今の私の「家族」としてある。

夫も
子どもたちも
大切な存在である。

ただ
夫に関しては
物質的に大切であるということが
ふんだんに盛り込まれている。
今、死なれたら
困る、金銭的に、時間的に、現実として。


今日だって
みむら姉さんの眼科受診を
お願いしたことで
私は
ものすご〜〜っく
助かった。
私のしたいように掃除と
洗濯物のお世話ができたから。
本当に
有り難かった。

私は私のペースで
家事をしたい。
それはワガママだと知っている。


家族。

私の母や妹には
あまり感じられない、
大切な身内感、、、。
いや、頑張ってるので応援したい気持ちはあるのだけどね。

なんでかなぁ?
やっぱり私が心狭いやつだからかなぁ。


ただ
妹の子どもたちにはある
大切にしたい雰囲気。

何が違うんだろう?


私が
母と妹に対して
憎しみの感情が、強いからなのか?
憎しみ?
ただ嫌いなの。
それは私の問題よね。

家族ってなに?



先日のシュタイナーのクラスで
(先生が通行止めの為いらっしゃらなくて、お母さんたちと子どもの気質の話をしていた時)
私が子どもの頃
父に
「お前は不細工だし性格も悪いし気が強くて素直じゃないし女なのにそれでは嫁にも行くことができないからとりあえず勉強しろ」と言われた話をした時に
(もしかしたら別々のフレーズで時折おりだったのかもしれないし、そんなに強い調子ではなかったような気はする、けど言葉としてはそんな感じ)

「それはあなたがそこまで言わないとしない子だってお父さんが知ってたからよ。」って言われた。

そうなのだとそれも事実だと
思う。
父と私は似ていたから。
顔もね。
多分気質も。

でも
傷ついたよ。


家族ね。
大切だから。
私の子どもだから。

責任感。
断ち切りたい感。
愛している表現が、わからない感。

好き、嫌いは
私の内での出来事。



好きだけど
大切だけど
家族になると
難しくなるのかもしれない。


私は
誰と家族をしても
無邪気に楽しくは過ごせない気がする。

愛していると思っている人とも
多分
生活になるとお互いを苦しくしてしまうかもしれない。
やはり私の問題。


相互であること。
レムニスケートのように。
メビウスの輪のように。

太陽と月の関係ではなく
バランス。
調和。
融合。

好きだからその人に溶けてしまいたいのに
くっつけばくっつくほど
混じり合えない。
好きなのにね。


遠藤周作の、小説の何かで
日本人には「愛している」は馴染みがないので「御大切」と聖書を訳したと書いてあったように記憶している。


私の中で
愛しているがよくわかなくて
家族もよくわかなくて
でも
大切な人が
わかる言語だとしたら
そこからスタート。


大切な人。

私を暖めてくれる人。

私はその人のために
どうあると
調和がとれるのだろうか?

今日のお仕事も
あなたらしくいられますように
祈ること。
あなたらしく私らしく。

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