痛いものは 痛いのです 

こちらでも雪が積もり



むーみんとちびのみぃで
創作活動。

しんしん降る雪を見ながら

おとといの「色彩論」と
昨夜の「神智学」のおさらい。


「あたしは来ちゃった人の匂いを復習してます。」

ちょうど
「光」と「闇」
「思考」と「意思」
「共感」と「反感」

キーワードで進んでいったので。

次いで
「痛みについて」人智学的に考えてみる。

小5の女の子が「演技」で
学校を休んだというお母さんからの相談と
(なんで演技と言われたのかも考察の余地があるのですが)

痛い痛いと訴えるけど
症状のはっきりしない患者さんと

いろんなところが痛くなる私の大切な人と

ちょっと重なったので。

どなたも
私の大切な方々なので。

「生命感覚が痛みの受容体」というところを起点にする。

心が痛みを感じるから
肉体が痛みを感じる。

心が痛むということは
アストラル体が傷を受けるということ。

胸で受けて頭が働き手足にあらわれる。
魂で感じて霊が働き体にあらわれる。

加えて

熱いを痛いと感じたり
違和感や異物感を痛いと感じたり
しびれ、圧力を痛いと感じたり

することも

これは
他の人と比べたり
何かの数値で表した時
低いものであっても
それを感じた人が
反感として受け止めたから
痛みという感覚になったと考えてみる。
痒いとか熱いとか違和感、異物感、しびれ、圧力などに対して反感の力が強いから
認識力が強いから痛みになると考えることができるのでは。
痛みを意識できる自我も高いのだろう。

痛みを認識する力が強いと言えるなら
他者の痛みにも敏感になれるという共感がうまれる。

患者さんを見てると
訴えが多い割に大したことのない方って
先に心配するとか
あらかじめ予約に入れとくとかすると
少しの治療で納得される事が多い。
何をやってもダメな時は
私の気配りが足りない時。

痛いと感じるのはご本人なので。
痛いものは痛い、で良いと思う。

そこに対して
私ができることは
肉体だけを見るのではなく
魂を見るということ。

まあ、実際
今の私には他人の魂は見られないので

それを忘れないでいることと
私の魂について知ることへの努力をすること
かな?

あと
生命感覚の観点から
「肉体の痛みを生命力の行き場がなくなった時に生じる」としてみると

肉体の痛みの解消法として
生命力の行き場をつくる
ってことは
エーテル体の力を広げる
限界を広げること。
ということは
肉体を強くするということになるのかな。


年齢を重ねると
エーテル体が薄くなるわけで
色々痛いところが増えるのもわかる。
勉強ばかりして
体力がついてないと痛みを感じやすくなる。


やっぱり筋トレだ。

私のお腹痛いのも
筋トレで治るかな。



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