温められる 


広甘藍というキャベツを買った。

以前住んでいた
呉市広で作られている伝統野菜だそう。

大きくてしっかりしているので
ロールキャベツにしよう。


何か美味しいものを作るとき

大好きな人のことを
考えて
一人くすりと笑ってしまう。

「これ食べたらなんて言うかな」

しかし
食べてもらえることはない。
遠くの人。


なんでむーみんのことは
思い出さないのか?
今日のロールキャベツは
むーみんのお口にも入らない、
帰ってこないから。

同じ「お口に入らない」人なのに
思い出して嬉しくなる人と
思い出してもため息になる人の
違いはナニ?


慣れ
日常
当たり前

その人の反応の有無
遠慮
距離

報酬
感謝
褒め言葉

いろいろありそう。


しかし
「好きな人がいること」は
私を元気にしてくれる。
たとえ、
その人から何かしてもらえなくても。

子どもたちは
その存在に近い。

私は
誰かの存在によって
エネルギーをもらっている。
その人の為というより
その人の温もりを感じることで
「何かできそう」と動き始める。

今日は
みむら姉さんの
塾の面談でした。

太ってるのに身軽そうな担任の先生。

何故か
私の受験体験の話になり
未だに引きずっている親との確執まで
話してしまった。

そして
ここ何日かの澱みが
少し取れた。

話したことは
澱みの直接原因じゃないのに
先生に溶かしてもらった感じ。

話をして出したものを
わかってもらえた様な気もする。

そういうことで
「温められる」私。



いつか
わたしが私を温められるようになったら
いいな。

そこに努力をしているか?


うーん。


どうやって?

問いはつづく。




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