バイオグラフィー  

広島のシュタイナー教室
「和みこたつ」

バイオグラフィーの分野に入っています。


0歳から7歳の私。



両親との関係から私を見ていくのかな?




以下は私の感想です。

結局
私はお母さんも好きだったんだ。

母の事を思い出すと
いつまでもお嬢様気分で
特に着るものとお化粧が好きな人。


私が小さい頃は
100キロメートル東の街で
母親(私の祖母)と
オーダーメイドの洋服を作ってもらうこと
しばしば。

付き合うあたし達姉妹。

私は
デザインを選ぶこと
生地を選ぶこと
仮縫いの行程をみつつ
このお店が好きだったことを思い出した。

私が小学生の間
洋服を作る人になりたくて
中学から洋裁学校に行きたかったこと、
近くの似たレンガの学校に騙されて?
「頑張って」中学入試を乗り越えたこと。


外から帰ると必ず着替え。特に靴下。
外のものは汚い。


反抗期には
「お母さんのようにはならない」と
言い放ったこと。



今でもお母さんの嫌いなことの方が多い。

いつも眠いお母さん。
お金がないと父を責めるお母さん。
今で言うとキレる、当時は金切り声で叩くお母さん…などなど。



母の良かった点?

料理上手。
(田舎料理の定番ですけど)。
新しい料理はない。

送り迎えは得意。
塾だの父の会議だの。
運転はよくしていた。

お父さんがいないからと
よく外食した。
(父は待つのが嫌いで外食は好きではなかった。っていうかお母さんのご飯が好きだったの。)
私はそこでだいぶ味を覚えた。

私は
欲しいものがないから作る、のが
好き。
母が、好きだった
一品モノに通じるのでしょう。


料理は好き。
父が
お母さんは料理だけはうまいって言っていたので
(父はお母さん本人には言わない、絶対!)
私もご飯は上手くなりたかった。



反面教師なり
傘下にあるなり

お母さんが好きだからか。


が始まりだったことに
反抗したくもあり
だって嫌いだもん、ホントに、
同じになりたくはないって思ったり。


共感と反感。
好きだから見すぎた。


妹から見ると
同じなんですって、私と母は。


でもね
好きから始まって
嫌いになるって…。

ちょっと哀しい。



父について考える。

お父さんがこうだから
今の私がこうなったって考えると
またまた結局
私がお父さんが好きだから。
こうなった
という気づきになった。

ホントは似てないかもしれないし
本来のわたしは
そうじゃないのかもしれない。

けど

そうしてしまう、そうなってしまう。


好きだから。



「愛しているから」は
わたしにはわからない領域。

わたしは「愛する」ことに
詳しくない。


少しずつ
「甘えたい」は
わかるようになってきた。
お父さんとわたしの共通のカルマなのかも。




私がこの両親の元に生まれたわけを
いまさらのように
考えるとき

「感謝」には
まだ、たぶん、未だ
ならないのだけど、

そこは私の
「課題」のような
「宿題」のような。

けどやっと
「あぁ、よかったな」と
本当にやっと思えるようになった。




"Rabboni, I appreciate you that you made it to me by your enthusiasm."




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