秋の平和公園、時代の流れ  

平和公園内の施設に
用事があり
行ってきました。





秋らしい空。



久々に


「原爆資料館」


広島平和資料館
Hiroshima Pease Memorial Museum




に行きました、多分、
25年ぶりかなぁ。


高校生でボランティアしてたとき以来。




展示品は少し変わっていて

昔の
ただ悲惨さを伝えよう
だけではなく

原子爆弾が
人々に残した
心的身体的苦悩を示したものに
なっているように感じました。


そして

世界に
原爆の脅威が伝わっているのか

若い白人のお父さんが
息子お二人に
静かに
広島のジオラマを
説明される場に会いました。


街が一発の爆弾で
壊滅したこと。
爆風と熱で人々が死に至ったこと。
線路を示しながら
電車の中にもたくさんの人が居たんだよ。など。

6歳くらいの息子さんが
段原に残る家を見て
「ここには家があるけどどうして?」って

お父さんに質問してた。


お兄ちゃんの言葉にかき消されて
お父さんの答えはなかったのですけど

Good observation !

教えてあげたほうがよかったかな?


とにかく外国の方が
熱心にそれぞれの視点で
見学されておりました。


そしてボランティアのガイドが
英語の能力の違いが
明らかにあるにも関わらず

熱く語っていることに
私の過去の思いが
ふつふつ、湧き上がってきました。


そんな風に
展示品より
周りを見ていた私ですけど


懐かしい方のお名前。






今年オバマ大統領来広で話題になった
折り鶴の少女の
コーナーができてまして、

その中に
私が敬愛する人のお名前発見。


河本一郎さん。



涙が溢れました。



この方が
「折り鶴の子」設立の
発起人ですけど、あくまでも
学生が主体の活動として
名前を伏せ
影となり子供たちを支えた人。


私の憧れの人。


ヒロシマは
こうやって
小さくも芯を持った
名もなき人たちによって
伝えられていくのです。






カープも樽募金が基盤だからね。

今の失礼なカープファンを見ると
がっかりする。


盛り上がるのは嬉しいのだけど。
にわかに歴史は語れまい。

広島人の気質が胸にこたえた、
我が家の夕食は
天ぷら大会。



でお供に
こちらを選びました。






私がお世話になっている
びんご百笑の会の近く。

の山岡酒造。


酒米も近くで作ってます。



夏の絞りたって
結構冒険ですよね。


これがドライフィグに、合う!

オイルサーディンにも。


白ワイン的な感じに仕上がってます。
おためしあれ。



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