お休みにすることといえば! 

お休みモードである。


すなふきんを7時に部活におくった後
(電車で行かせると1時間以上早く起きないといけなくて、私の怠慢からです。)


溜めてしまった洗濯物と
簡単な日々の掃除と…。
ベットの中で
だらり本を読み


そうそう
部活のブログのアップを。
カメラの充電ができたはず。

第1試合をアップしたらもうお昼。

お素麺5人分茹でて。

みむら姉さんの
自由研究に突入。


いつもの
自然な材料集めは
比治山へ。




桜の枝を拾う。
台風の後だから
落ちてるね。
匂いで確認。



クヌギの花を見たり。



今朝は涼しいなと思ったものの
山の中を歩くと暑くて
ホットチャイで体を冷やそう。


桜の枝を煎じてみます。
いい香り。





何になるかな?


明日から
楽しみな実験教室。
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お昼寝 

今日からしばらく休みを意識する。
休んでいることを意識する。


午前は
すなふきんの野球部の
2年生大会の応援取材。
息子居なくても
みてて嬉しい試合風景。


誰かわからんが、ナイスファイト。

そもそも野球が分かっていないので
応援の仕方もわからないのだ。



古事記を読みながらの
お昼寝、ベッドルーム。
ラクシーも一緒に。

晩ご飯はお好み焼きと手抜き。


今日のおソバ
新しいのを使ったのが正解!
ブリュットのカバと共に。

その後
むーみんが
借りてきてくれた「君の名は。」鑑賞会。

むーみんだけが観ていなくて
ネタばれ必死の鑑賞会。

5人揃ってTVの前にいることも珍しく
お休みモードかな。


幸せでしょ………。



明日も
休むよ。


野球部ブログアップ。
すなふきんの部活。
さ来週のクラス準備試作。
洗濯物❗️
冷蔵庫の整理。

の後
ベットで本読めるとほんとにお休みなんだけど。
ほんとはお昼ご飯も晩ご飯も支度も片付けもしたくないのだけど。




ワガママなのよね、わたし。

休むのだ 

今日の午前中は
世羅で子どもクラス。

いつもお世話になっている方からの
ご依頼で
子ども会の勉強会によんでいただいた。
ボランティーアである。


完全数の6。
立方体。
プレゼント。


19人の予定で2ヶ月前から準備していて
楽しみに
少しの不安と。


子どもたちが良い子で
(良い子なので逆に今の環境ってどうなのかを感じながらもそのお子さんそれぞれの使命というか選んで生まれた場所について思いを寄せました。)

クラスはとても
スムーズに終わりました。

お世話してくださった
お母さんも
どちらかというと
私の雰囲気と似ているから
とても助かりました。


このお仕事で
しばらくお休みできます。



初めてのお子さん14人で
内容としては
そんなに難しくはないのですけど
私にとっては
その雰囲気を大切にしたい。


できるよ、だったり
失敗しても大丈夫、だったり
いらないことしなくても観てるからね、だったり
あなたはあなたでいていいのよ、だったり。


私のクラスは
そんな風にありたい。
そして
それをさせてもらえた雰囲気はある。




だから
ご褒美の笑顔。






ご褒美の色




ちょっと
少し
だいぶ
疲れた。


わが子たちが
夕食の会話を盛り上げてくれる。
思春期の子たちが
食べ終わっても
(すなふきんもみむら姉さんも食が細いのであっという間に食べ終わる。)
食卓にいてくれる。

TVの、前にいる方が楽チンなんだけど
一緒にいてくれる優しさ。



部活もサボる人。
学校に行かない人。
ほっとかれてるなぁを受容している人。


私は
恵まれている。


ちょっと休もう。
そもそも私は
ベットの中で本を読んでいたい。
夜中に散歩したい。
徹夜で天体観測したい。
1人でバカみたいに
口開けて空を眺めていたい。
コーヒーかビールか
赤ワインかカバがあるといい。

え〜っと、それから…。
できれば
大好きな人の肩が欲しい。



だんだん妄想モードに入ってきたので
失礼します。
今日は
半年分の疲れたーを楽しむ。

私は見届けることができるのか? 

今日は
8月9日ナガサキの日である。


高校生の、時から。

「広島と長崎の記念式典は違う」
と感じて来た。


私は県民性だと思っている。


カソリックの人が多い。
キリスト教への迫害を受けていたから。

私はそんな風に長崎県民を認識しているらしい。

高校生の時に
遠藤周作が大好きで
「沈黙」

今年映画になっちゃってびっくり。
見てないのだけど
こっそり観るのだろう。






平和宣言への
重みというか。

いや
パフォーマンス性とうか。


広島は
「やってやろうぜ、アピールしてこそ。」
という割に
なんだか
なんだか
良い子に納まろうとする。
そして結構
相いれない、グループ多いよね。
広島っぽい気がする。
(これは
私がかなりの純度で広島人でだから言っていることなので、不快に思われた方は広島市民というより平和市民なのかも)


優しいから平和を考えるのか?
我が事として考えるのか。

今日も
事故にあって倒れている人を横目に
仕事に行った私。
救急車待ちだったのだけどね、もちろん。
帰り道では
その人の流した血を子どもさんが
バケツリレーでゴシゴシしていた。


私の100歳の患者さんは
入れ歯を入れなくなった。
私が口腔リハビリした患者さんは
「必ずバイタル下がります」そうな。


「.いらん事をうちがしたんかなぁ。」




想いが
知識が
責任が
めんどくささが
交錯している。


私は
歯科医師として
未熟であってもすべき事と
説明と
理解を求める事をする。

それは
施設のためではない。
けれど
普段介護されている方の
やりやすさや責任逃れも
請け負うつもりでいる。
先生が言ったから
先生が言ったから。を。
介護者は
その時間の仕事の
時間給での義務を果たしている。

わかっている。

線引き。



今日の100歳の方も
私が……。
できたその日があったに違いない。


きっと
長崎市民
広島市民の違いは
深いところで
血族に流れる
歴史なのかなと。



やったよっていう
確かさが欲しい広島市民の、私。

ヒロシマ2017 

今日、広島は72年目の
ヒロシマを迎えました。

私は
みむら姉さんを五日市まで送る間
NHKのラジオ中継を聞き
「学校で黙祷してね。」と
娘を降ろした後の
大きな橋の上で8時15分を迎えました。

東に青い空が広がり
私の父が疎開していた五日市からの空を
実感したのでした。

ピカァと光った空。
どーんという深い音。
もくもく上がる不気味な雲。

私も体験したかのような風景。が一瞬。


父の叔母の夫からは
被爆体験を聞いたのですが
血族からは
聞いたことがない。

思い出させるのがかわいそう、だったから。

大好きだった大叔母には
背中に大きなケロイドがあったらしい。
宝町で曽祖父と井戸の中で火が行き去るのを待ったそうだ。母から聞いた話。


呉の軍需工場で
管理官をしていたおじいちゃんは入市被爆。
比治山の陰で段原で暮らしていた祖父も
原爆のことは語らなかった。

幸い私は大叔父しか爆死していない。
でもおばあちゃんも、大叔母も
弟の「コウソウくん」の話はしなかった。
彼が残した綴り箱を父に託しただけ。



もっと話を聞いておけばよかったとも
思う。

でもあんなにおしゃべりで
社交的なおばあちゃん世代が話したく無いほどの惨事について
あの時に聞くことは正しいことだったのか?

血の繋がっていない
大叔父に
淡々と聞くとこしかできなかった高校生の私。
今の私には何ができるのか?

「ああ許すまじ原爆を」
うろ覚えの歌を口ずさみながら。


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